旅のことづて

山口県のぶらり旅ブログ

赤間神宮|関門海峡を臨む竜宮城?!

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源平壇ノ浦の合戦において、二位の尼に抱かれて入水し幼くして亡くなった幼帝・安徳天皇を祀る赤間神宮。

鳥居をくぐってすぐに見える朱色の神門は竜宮城を模した楼門で、祀られている安徳天皇が水天宮の祭神とされていることから水天門と呼ばれているんだって。

 

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水天門を本殿側から見ると関門海峡が見える。

そのまま見ても綺麗だけれど、水天門から臨む関門海峡は一味違って見えるから不思議だよね。

 

境内には平家一門の墓の他、小泉八雲の怪談で有名な耳なし芳一の芳一堂や宝物殿があり、毎年5月2日から4日にかけて先帝祭が行われています。

 

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2018年5月2日は、天候に恵まれずにあいにくの雨。

当日は、平家落人の子孫らで組織される全国平家会の参列のもと御陵前際・平家一門追悼祭・安徳帝正装参拝が行われました。

追悼式後の3日から4日にかけて快晴続きだったことを考えると、なんだか不思議な感じがする。

 

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安徳帝正装参拝の一場面。
真ん中の緑色の服の子が、幼くして亡くなった幼帝・安徳天皇。

安徳天皇の後ろにいる尼の人が、安徳天皇を抱いて入水したと伝えられる二位の尼。

 

壇ノ浦の合戦のおり最後を覚悟した母方祖母・二位の尼は安徳天皇を抱き上げます。

抱き上げられた安徳天皇は、「尼ぜ、わたしをどこへ連れて行こうとするのか」と問いかける。
二位尼は涙をおさえて「君は前世の修行によって天子としてお生まれになられましたが、悪縁に引かれ、御運はもはや尽きてしまわれました」

この世は辛く厭わしいところですから、極楽浄土という結構なところにお連れ申すのです」と言い聞かせる。

安徳天皇は小さな手を合わせ、東を向いて伊勢神宮を遙拝し、続けて西を向いて念仏を唱え、二位尼は「波の下にも都がございます」と慰め、安徳天皇を抱いたまま壇ノ浦の急流に身を投じたと伝えられています。

安徳天皇は数え年8歳(満6歳4か月、6年124日)という幼い歳での崩御でした。(ウイキペディアより)

 

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山口県下関市で毎年5月2日から4日にかけて「しものせき海峡まつり」がひらかれます。

5月3日は昨日とは打って変わって快晴で、日差しも強く真夏のような熱気。

3日に開かれる先帝祭では、安徳天皇や平家一門をしのぶ上臈(じょうろう)道中が行われ、豪華な衣装をまとった神事の奉仕者である太夫や官女らは下関市内各地を練り歩きます。

fujimofuは赤間神宮から徒歩10分程度にある唐戸商店街で見物。

太夫が高さ30㎝ほどもある高下駄を八の字に踏み出す外八文字(そとはちもんじ)という特殊な足さばきを披露してくれました。

太夫が着ている豪華な衣装は20キロもあるというし、高下駄の歩きにくさを考えるとそうとうに難しいんだろうなぁ。

太夫さんは全員で5人いたけれど、皆それぞれが個性があって品を感じる姿が綺麗だった。

 

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安徳天皇を慰霊するため赤間神宮で上臈参拝が行われる。

水天門から本殿に掛けられた天橋を太夫や官女が歩き、ここでも外八文字(そとはちもんじ)を披露。

天橋周辺には沢山の観光客であふれ、ここぞとばかりにカメラのシャッターを押していたのが印象的でした。

太夫を近くで撮影したい人は、上臈道中・上臈参拝どちらかに絞って早めに場所を確保したほうがいいいかもしれません。

2018年5月3日当日の本殿近辺は観光客の多さから入場規制がされており、500円で入札を入手する必要がありました。

fujimofuが時間ぎりぎりに行っても入札は入手できましたが、当然のことながら良い場所を確保している方は早めに来ていらっしゃるみたいでした。

 

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赤間神宮より徒歩5分のところに「姉妹都市ひろば特設ステージ」をメインステージとする源平まつりがひらかれています。

メインステージ周辺は海響館や唐戸市場が周辺にあるカモンワーフや、観覧者など子供たちが遊べる遊園地があるアルカポートがあり、小さな子供連れのファミリー層、彼女や彼氏と二人で来る人、会社の定年を迎えたシニア層など多種多様な人が集まっていました。

 先帝祭のメイン会場は赤間神宮、源平まつりのメイン会場は「姉妹都市ひろば特設ステージ」と徒歩5分圏内で同時に二つの祭りがあるので「しものせき海峡まつり」は見応えたっぷりなんだよね。

3日当日は源平武者が行列して下関市内を歩いていたようですが、平家武者も同じ会場を歩いていたはずなのに、まるで示し合わせたように時間をずらして登場して両者が会うことは無かったようです。

う~ん、なんでだろうな…不思議だなぁ~(笑)

 

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いよいよ祭りもクライマックスに差し掛かり、姉妹都市ひろば特設ステージでは平家物語をモチーフにした「源平ドラマページェント」が開演。

 

 祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらは(わ)す。

おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。

たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

 

 ドラマ中に語られる平家物語の冒頭です。

ものごとは変わりゆき、さかえる者もいつかは衰え最後は滅びてしまうか…

 

わずか6歳という幼い歳で崩御した幼帝・安徳天皇。

800年以上も過ぎた現代でも、祭りという形で伝えられ人々の心に強く息づいている。

ものごとは常に移り変わるものなのかもしれないけれど、それでも形を変えて今も大切に語り継がれているんだね。